久しぶりに涙がとまりませんでした。
昨夜の講演会、高崎市の村上住職のお話。
登場人物の愚直なまでの仕事ぶりやそのひたむきさ、
もちろん、話し手である真摯なご住職にもとても感動しました。
内容はといいますと、勝海舟の存在の影に隠れて、
表舞台にほとんど登場しない小栗上野介のお話です。
ただしその功績は、目をみはるものがあります。
遣米使節として日本人初の世界一周をした男。
でも教科書にはのってないし、習わない、、
あくまでもその背景のメジャーな関連キーワードは
勝海舟、咸臨丸、海援隊、榎本武揚、坂本龍馬…
幕臣でありながら、幕末世の中がどう変わろうと
日本がなくなるわけではない、今自分にできることをやり遂げる
ただそれだけだ、それが国益ではないか。
それが武士というものではないか、と周囲に残しています。
木村拓哉さんの映画もよかったけど、こちらも武士の一分。
世界一周から8年後、彼の近代化の業績は次のようです。
1 横須賀造船所建設
2 フランス語学校設立(横浜)
3 洋式陸軍制度の採用、訓練
4 鉄鉱山の開発 中小坂鉄山(下仁田町)など
5 日本最初の株式会社組織を設立
6 ガス灯設置・郵便電信・鉄道の開設提唱
7 金札発行など金融経済の立て直し
8 郡県制度の提唱
9 森林保護の提唱
その後、やがて明治政府の業績として数えられているものが多いです。
小栗上野介の言葉を2つ紹介します。
「親の病気が重くて、もう治る見込みがないからと言って
薬を与えないのは孝行ではない」
「国が滅びても、この身が倒れるまで公事に尽すのが、
真の武士である」
慶応4年、群馬県の領地で帰農を許されるも
西軍(明治新政府軍)により罪なくして
家臣三名とともに斬首される。
ご夫人とその一行は会津へのがれる…
どうして教科書にのらないのだろう?
会津にも教科書にのらないことがたくさんありますが
その中でもせめて「徳一」のことは載せてほしいものです。
ふと、小学校卒業時の担任の先生のよせ書きを思い出しました。
『ほんとうのことを学ぼうとして
いつも努力することにまちがいはないと思う!』
大人になってから意味がわかるようになりました。
話しは変わりますが、
観光地や温泉地に出かけて
また行ってみたいと感じる時があります。
そこで出会った人や、土地の人のやさしさを
感じたときなど、私はたまらなくファンになってしまいます。
小布施に通うきっかけとなったのも
そういえば、あのセーラ・マリ・カミングスさんの
講演を聴いてからでした。
そして今回は小栗上野介の眠る
倉渕村へ行ってみようと思いました。
今お帰りになったご住職にまた会いに、、
そう、私たちにもいえることですが、
「また、◯◯さんに会いたくて、会津や奥会津へ出かけよう!」
と思われるようなおもてなしを常にこころがけたいと思います。