第3回 「おぼ抱き観音さまの伝説」(2001/08/11掲載)

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 私が働く柳津の温泉街には、お寺(圓蔵寺福満虚空蔵尊)を中心として昔から民話やお伽話、伝説や言い伝えなど数多くあるようです。中でも長者様になった人のお話で、夏の夜が少し涼しく感じるような「おぼ抱き観音」の伝説をご紹介致します。

 時は江戸時代の元禄初期のころ、高田の里の袖山(現在の会津高田町旭字袖山)に住む、武士の家系の馬場久左衛門は信仰心が篤く、福満虚空蔵尊に願をかけて新鶴村から大野新田を越え、大平山早坂峠を登り平地二里、山道四里の道を歩きとおし毎夜丑の刻参りをしていました。

 そしてついに満願の夜、いつものように早坂峠にさしかかった時、目の前がボーッと明るくなり、乱し髪のうら若い女が幼児を抱いて静かに歩いてきました。久左衛門はハッとして立ち止まると、女はほの白く美しい顔をほころばせて「旅の人ちょうどよいところで会いました。私はここで髪を結いたいので、その間この子を抱いていて下さい。」と頼まれました。真夜中の山中を歩いて来たこの女は魔性のものに違いないと思い、逆らえばどんな目にあうかわからない。女は笑みを含んで「どうじゃ嫌か、髪を結うまでこの子を泣かせず守りをしてくれたらお礼をあげましょう。もし泣かせるようなことがあったら、そなたの命はありません。」女の顔には微笑みが消えて、凄艶な妖気が漂っていたのです。そしてなんとか幼児を泣かすことなく子守りをした久左衛門は、その御礼として夜目にも眩しい金の重ね餅を差し出され、女は幼児を受け取ると、スーッとその姿を消したのです。久左衛門はそれを持ち帰り大切にしたので、その後馬場家には良い事が次々おこりお金持ちの長者さまになったと言われています。そして「おぼ抱き観音」を早坂峠におまつりしたのでした。

 このお話は会津地区のそれぞれに似たような伝説があります。例えば私の実家の父から伝え聞く話ですと、おそるおそる幼児を抱いていた久左衛門は、幼児が退屈しないように羽織の紐をほどき、それを持たせて遊ばせて、1分1秒をとても長く感じながら機転を利かせて抱いていました。いつしか鶏の泣く声が聞こえ、魔性の女は夜が明けると思い、金の重ね餅を差し出して幼児とともにどこかへ消えてしまった、と言います。その鶏の泣き声こそは、満願の日まで毎晩夜の山道を通いお参りした信仰心の篤い久左衛門を福満虚空蔵尊がお助けされたのだ、と言い伝えられています。また、その頂いた金の重ね餅を大事に扱ったので、福満虚空蔵尊のご利益をたくさんいただいたのだ、と伝えられております。

 私が考えるには、満願の日に試練をお与えになり、そして彼は機転を利かせ、持ち前の忍耐強さと信仰心で頑張りとおしたのだと思うのです。このお話には、例え困難なことでも最後までやりとおす大切さと、機転を利かせたり臨機応変に対応するしなやかさと、両方が必要である、と私たちにメッセージを送っているかのようです。私たちの人生や仕事においても教訓となる伝説かなと感じました。

 私は「念ずれば花開く」という言葉が好きです。夢は持ち続けていれば、いつかかなうもの。何かを信じて一生懸命頑張る姿が大切なんですね。そうすれば、人間はいつも前向きに生きていけるんだと思いました。

 圓蔵寺・早坂峠の道は県民が選ぶ「ふくしまの遊歩道50選」の一つです。ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。

■頂いたコメント

  • 夏休みの課題を書く上で、おおきなヒントになり大変感謝しているしだいです。(園部さん)
  • 地元に住んでいるけど知りませんでした。(佐藤幸治さん)
  • 私のところにも同じような伝説があります。(中田美由紀さん)
第85期民報サロン執筆 塩田美紀

会津柳津温泉「花ホテル滝のや」若おかみ。河沼郡柳津町柳津在住、35歳。現在同ホテルのホームページ上で『若おかみの小さな日記』を日々更新中。洋裁などが趣味。

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